万人の哲学、詩、言語表現及び教育に向かって
〜FOR THE PEOPLE, BASED ON PHILOSOPHY, POETRY, LINGUISTIC EXPRESSIONS AND EDUCATION〜


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WORKS

『証の墓標』

 2001年9月11日、米国で起きた「同時多発テロ」。米国の心臓部とはいえ、平時の生活を送る地で起きた世界史を揺るがす重大事件であり、21世紀に暗雲をもたらす悲劇。そう受け止めた私は哲学を探究する者として、この事件の意味を直感し、言語表現によって直後の意識を外に表そうとしました。そう思い続けて三か月余り、突如として最初の詩句が頭をよぎりました。こうして、朗読に40分ほどかかる長編詩「証の墓標」ができ上がりました。2か月後に控えたロンドンでの国際会議で朗読する機会があることを知り、急いで英語にまとめ上げて朗誦しました。帰国後スコットランドのある詩人から素晴らしいサーガ詩を有難うというメッセージをもらいました。サーガ!その知識がなかった私への大変貴重な評価と受け止めています。この年、9月10日と11日に『第一回 9.11メモリアル』を開きました。
 それまでに、この詩集『証の墓標』を日刊現代社で発行。詩集の中には私の思い出深い作品をセレクトして収めました。国内は言うまでもなく、フランス、ロシアで作った作品には特別な思い入れがあります。
 手に取っていただければこんなに嬉しいことはありません。

三分冊の目次

踊るふたり
  • プロローグ 愛と平和へ
  • 【第一詩集】 本牧大里前;網の浦;踊るふたり;特急北近畿10号;宝塚 花のみち;闇の中で;アヴィニヨン第二教皇庁 銀の鐘;セーヌ川;ニコラーイスカヤ通り10番地;見果てぬ夢
  • 【第二詩集】 夢;詩的気分;屋根裏にて;みはるかすうたのしらべに;波濤を越えて;THROUGH THE BILLOWS;ノイジードラー湖
  • エピローグ 大気を煙が覆って
証の墓標(2001年9月11日、人類の記憶)
詩のしおり(「踊るふたり」;「証の墓標 2003年篇」)

詩の朗読:日仏交流、中原中也etc.

 朗読、朗誦、つまり音声による詩の伝達表現は、詩の心であり、魂であり、原点に立つものです。古来より様々な工夫と試みがなされ、その活動は、今日の日本語の音声を形作ってきたと申しても過言ではありません。詩の朗読は、私の詩人としての活動の原点です。これまでに数々の場を経験してきましたけれども、特に、日仏交流150周年を記念して、フランス在住の独創的なピアニスト、バルボット成江さんとコラボで行った朗読(横浜)、山口県と東京で行った中原中也の朗読、ソウルでの活動が、朗読に対する自分の研究と原則の実践となり、かつ経験を豊かにしてくれました。

『M. 由起夫』 

 名女優夏樹陽子さんとの初仕事。夏樹さんが見事に3役(祖母、母、父)をこなし、三島思想の根幹に触れる霊界での三島由紀夫氏と平和論者のシュバイツァー博士の議論が注目されました。東京公演では、三島を観世流シテ方の津村禮次郎氏、シュバイツァー博士をバリトン歌手の多田康芳氏が演じました。アーカイブズでご覧ください。伴奏は作曲も担当した山口亮志氏のギター、能管の槻宅聡氏という異色の組み合わせで、照明も一流の専門家坂本義美氏が担当。背景には本物の大きな油彩画を4点。日本を代表する抽象画家大庭英治氏(日本大学芸術学部教授)が快く素晴らしい作品を提供してくださいました。

『越の良寛』と『良寛』

 良寛さんと呼ばれ親しまれる江戸時代後期の禅僧良寛は、新潟県出雲崎の出身です。40代前半のこと、私一人で出雲崎を訪れたとき、歩きついでで街はずれに出ました。そこには一つの遺跡(刑場跡地)が、荒涼とした風景の中に取り残されていました。この出合いは私に根底的な衝撃を与える忘れ難いものになりました。なぜなら、10代後半の良寛が名主の父親の名代として、この場で罪人たちの処刑に立ち会っていたという事実を知ったからです。少年良寛の目に映った現実が、どれほど彼の胸を掻きむしったことかと思いました。そうして、彼はどういう幼少時を過ごし、なぜ出家したのか、という疑念が私の胸に響き渡りました。「清貧の思想」という言葉がありますが、たしかに良寛は清貧に生き、生涯を終えられた人物として、欲徳ない人柄が慕われ、様々な伝説に包まれています。それに棹差すつもりはありません。しかし、何故なんだ、という思いから、良寛の人間像を掘り下げてみようという私の気持ちが徐々に高まりました。それから10数年、私は越後の現地を何度も訪れ、その問題に立ち向かうことになりました。その結果、戯曲『越の良寛』が完成し、新潟市内在住の役者さんをお願いして東京で上演しました(於:杉並公会堂)。再演に当たっては、新たな配役を得て改作し、戯曲『良寛』を上演しました。この演劇は、各界の方々や団体の推薦を得て2014年、2015年、2016年と発展しました。それには、良寛そのものと絶賛される名手、観世流シテ方能楽師津村禮次郎氏、著名な琵琶演奏家塩高和之氏の働きが大きく、絵画、照明、役者、演奏家、舞台監督が一つになって「良寛組」を構成し、彫琢を深めています。

2017年には、朗読者、能役者、琵琶演奏家の三人による『良寛』が仕上がり、福島市の古刹「安洞院」が開催した、3.11東日本大震災の慰霊の会で、お披露目しました。この公演は、非常な感動を呼び起こし、来れこそが目指すべき戯曲表現だとの確信を得ることができました。

良寛とは何か、彼の功績は今日までどう受け継がれてきたのか。良寛を描くことには、少なからず今日的な意義がある、と考えています。